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vol.25「複雑なものは単純に、単純なものは複雑に」

THE SAX vol.47(2011年5月25日発刊)より転載

最近のスガワ

まずは3月11日に発生した東日本大震災により尊い命を落とされた方々のご冥福をお祈りいたします。そして今もなお、被災されている方々に心からお見舞い申し上げますと共に、一日も早い復興を願っています。
僕も今回、大切なことは何かを改めて考えさせられる機会となり、それまで以上に「僕の思いを乗せて、たくさんの人に届いてほしい」と願い、コンサートに出演させていただいています。
そんな中、新年度はスタートしました。前回お話ししたように、今年8月には、3年に一度巡ってくる“日本管打楽器コンクール”サックス部門が開催されます。それに伴い、「コンクールに挑戦する」というテーマでお送りしている当コラム、今回は音楽作りで僕が大切にしているテーマからお話ししてみましょう。

 

 

複雑なものは単純に、単純なものは複雑に

これはコンクールのみならず、僕の音楽をする上での標語です。複雑で難解な曲は聴き手にとっても難しいですよね。ではどうしたら分かりやすく伝えることができるかというと、その複雑な曲のだいたいの流れ、スタイルを大まかに頭の中でまとめ、その大枠をまず伝えることなんです。分かりやすくすれば、聴き手は「こんな曲なんだ」とイメージできるので、その先を聴きたいと思うようになる。複雑だと決めつけて難しい顔をして吹いてしまったら、聴き手の耳はそこで閉じてしまいます。複雑な曲を演奏する時は自分の意思を明確に見せることで、構造やスタイルを単純にまとめることを心掛けましょう。また、「単純なものを複雑に」というのは、例えばサックスは同じ音で4小節伸ばすところがあったとします。でも、共演楽器のハーモニーは複雑に変わっていることがありますよね。和音などが緊張感を高めたり安堵感を表すものであったり、そういった要素が伴奏にあるかもしれない。このように、サックスにしてみれば一つのロングトーンだけれど、実は音楽的に複雑な要素があるかもしれないと考えることで、表現したい幅が広がります。それらが伝わるように吹いてあげることが「単純なものを複雑に」ということです。これは僕自身が徹していることでもありますし、指導する際にもよく話をすることなんです。コンクールに挑戦するにあたり、いろんなタイプの曲を準備すると思いますが、このような発想で曲作りに臨んでみてはいかがでしょうか。

さてここまで、コンクールに向かっていく過程での準備や心構えについて書いてきました。では、本番前日や当日の過ごし方について話してみましょう。

まずは前日。みなさんも試験勉強などで経験されていると思いますが、人間、前の日に一夜漬けで試験に臨んでパスできたとしても、大概の場合は試験が終われば忘れてしまうと思います。それは演奏においても言えることで、前日の夜にすごく練習したからといって次の日にちゃんと吹けるものではない。前の日に詰め込んでもなかなか上手く吹けないものです。直前になっても自分の心にゆとりがあれば閃くものがあってより良い演奏になるかもしれませんが、必死になればなるほど閃きは少なくなるし、それが焦りに繋がり、自信喪失にもなりかねません。なるべく本番前日は穏やかな心で過ごせるよう、そのために前々からの努力の積み重ねが必要なのです。

もちろん、本番当日も同じこと。本番当日に気をつけるのは「忘れ物をしない」、これが一番大事です。本番の直前になればなるほど、リードやリガチャーは良い状態にあるか、楽器の調整ができているかなど、メンテナンスに気を使っていくと思いますが、それを怠ったり、過剰に余裕を持ったりして結局何かアクシデントがあった場合、代用できるモノがあったとしても「忘れてきちゃった……」という気持ちがプレッシャーになるんです。「そんな凡ミスしないでしょ」と思われるかもしれませんが、実際、僕の知り合いでもこのいらぬプレッシャーで損をしている人はたくさんいるんですよ。

リードについても、いつもより入念な準備をする必要があります。こればかりは、前の日に何枚かリードを選んでも当日になったら状態が変化している場合もあるので、本番の2〜3日前にはだいたいのリードの目星をつけておきましょう。そして本番当日、使う予定だったリードが良くなくても「こっちもあるから大丈夫」という、心の余裕を持つことも大事です。

心の余裕を脅かす要素はまだあります。もし本番当日になって「あっ、音一つ間違えて覚えていた!」ということに気が付いてしまったら……どうしましょう? そんな時は、今まで練習してきた通りにやることをお奨めします。その時に焦って覚え直そうと思っても、それを意識した瞬間に全体が崩れてしまうものです。逆に考えると、どんなに完璧に練習してきたとしても、本番で音を一つミスすることだってあるわけですから。もちろん、音を間違わずに吹くに越したことはありませんが、当日になってしまったらもう、「それは些細なこと」と考え、今まで作りあげてきた音楽性を存分に表現するようにしましょう。例えばそれがコンサートだったら、その日の閃きで表現を変えたりするのもおもしろいけれど、コンクールは違います。基本的には今までやってきたものをしっかりと出す方向で臨んだほうが、余裕を持って伝えることができます。

今回はちょっとシリアスな内容になりましたね。前回と違って「コンクールはコワイ」と思ってしまった方がいるかもしれません(笑)。でも基本的に音楽は、順位をつけるためにあるのではないと僕は思っています。前回書いたように、コンクールという目標に向かって、自分で音楽を作りあげていき、レパートリーにすることが目標でもあるのです。自身のレベルアップのためにも、何かに挑戦することはとても良いことだと思いますよ!

 

次回のテーマは「ご質問にお答えします」。
久しぶりに、読者から寄せられた疑問や悩みに回答します。お楽しみに!

※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです

 

須川展也 Sugawa Nobuya

須川展也
日本が世界に誇るサクソフォン奏者。東京藝術大学卒業。サクソフォンを故・大室勇一氏に師事。第51回日本音楽コンクール管楽器部門、第1回日本管打楽器コンクールのいずれも最高位に輝く。出光音楽賞、村松賞受賞。
デビュー以来、名だたる作曲家への委嘱も積極的に行っており、須川によって委嘱&初演された多くの作品が楽譜としても出版され、20-21世紀のクラシカル・サクソフォンの新たな主要レパートリーとして国際的に広まっている。特に吉松隆の「ファジイバード・ソナタ」は、須川が海外で「ミスター・ファジイバード」と称される程に彼の名を国際的に高め、その演奏スタイルと共に国際的に世界のサクソフォン奏者たちの注目を集めている。
国内外のレーベルから約30枚に及ぶCDをリリース。最新CDは2016年発売の「マスターピーシーズ」(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)。また、2014年には著書「サクソフォーンは歌う!」(時事通信社)を刊行。
NHK交響楽団をはじめ日本のほとんどのオーケストラと共演を重ねており、海外ではBBCフィル、フィルハーモニア管、ヴュルテンベルク・フィル、スロヴァキア・フィル、イーストマン・ウインド・アンサンブル、パリギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団など多数の楽団と共演している。
1989-2010年まで東京佼成ウインドオーケストラ・コンサートマスターを22年余り務めた。96年浜松ゆかりの芸術家顕彰を表彰されるほか、09年より「浜松市やらまいか大使」に就任。2016年度静岡県文化奨励賞受賞。
サクソフォン四重奏団トルヴェール・クヮルテットのメンバー。ヤマハ吹奏楽団常任指揮者、イイヅカ☆ブラスフェスティバル・ミュージックディレクター、静岡市清水文化会館マリナート音楽アドバイザー&マリナート・ウインズ音楽監督、東京藝術大学招聘教授、京都市立芸術大学客員教授。
 
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