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vol.28「楽器ケースには何が入っている?」

THE SAX vol.50(2011年11月25日発刊)より転載

最近のスガワ

読者の皆さん、こんにちは。今年もあと1か月ちょっとになりましたね。僕は今年もたくさんの演奏の場をいただき、たくさんの出会いがありました。こうして幸せな時間が重なっていると、本当に月日が経つのが早いものです。皆さんは今年、どんなサックスライフを過ごしましたか? 感動体験はできたでしょうか。
さて当コーナー、前回はステージで演奏する際の心構えについてお話ししましたが、今回は僕の楽器ケースの中身についてお話ししましょう。よく、「何か秘密兵器が入っているんじゃ?」なんて質問をいただきますが、果たしてどうでしょう?実はここにも、「ステージへの心構え」に通じる、僕が常に本番に向けて行なっている態勢づくりが隠されているんです。

 

 

楽器ケースには何が入っている?

僕の楽器ケースに入っているもの。まずはちょっと変わっているところで、タンポのベタつきを取ってくれる(パタパタいわなくなる)液体を小さなスプレー容器に移したものですね。演奏する日の天候、つまりその日の湿度によってタンポがベタついてしまうこともあります。もし演奏中、開くべきタンポが上がってこないというトラブルがあってはいけませんから、リハーサルで「今日はちょっとタンポがネチャッとするな」と思う時には、あぶら取り紙にスプレーを吹いてタンポの間にはさみ、キィを閉じながら表面を拭いておきます。あぶら取り紙はリップガード代わりにも使いますから、この2つのアイテムはアルト、ソプラノ両方の楽器ケースに備えてあります。

他には、楽器の内部の水分をぬぐうためのクリーニングスワブ、表面を拭き取るためのクロス、リードのカカトを削るための小さな爪やすり(本番前にリードを本格的に削ることはしませんが、ちょっと重いと感じる時などにほんの少し削って抵抗感を減らすためのもの)、リード、予備のリガチャー、メトロノーム、チューナー、筆記用具……など、ごく当たり前のものを自分なりにちょっと工夫したアイテム(たとえば、メトロノームが勝手に鳴り出さないようにスイッチのところにひと工夫してあります)しか入っていません。あと大事なのは、僕は楽器をしまうときに全部のキィにコルクを挟んで閉じた状態にしているので、そのコルクくらいでしょうか。

よく「プロの奏者は何か秘密兵器を持っているのでは?」と聞かれますが、そんなものは残念ながらないのです。スワブもクロスも一般的に楽器店で買えるものですし、あぶら取り紙もごく普通の化粧品会社のもの。実はこれもステージに臨むときの心構えと同じで、特別なものを持たない、いつも同じ状態にしておくということを僕は大事にしています。楽器のキィに挟むコルクにしても、ただ入れておく、キレイに整頓するという発想ではなく、キィのタッチをいつも同じ状態に保持するためにやっているんです。

よく、本番当日にマウスピースやストラップを忘れた……なんて話を聞きますね。僕の周りにも、大学の試験の時にマウスピースを忘れてしまいそれまでの努力が報われなかった人、大事な仕事のときにあわてて買ったマウスピースで臨まなければならなくなった人、実際にいるんですよ。それでなんとかなることもあるかもしれないけれど、精神的な負担はどうしてもかかってしまいます。それを未然に防ぐため、演奏に必要なアイテムはいつも同じ場所にしまう癖をつけて、同じものを同じように、自然にやっておく。もちろん家で練習している時だって「また明日朝から練習するから、適当に片づけておけばいいや」ということはしません。楽器ケースの中はいつも同じ状態にしておく。これが僕の心がけていること……というか、すでに無意識でやっていることです。

強いて言えばこれが秘訣かもしれませんね。演奏自体をどうこうする秘訣ではなく、大事なときに忘れ物をしない、余計な精神的不安をなくすための秘訣です。

僕の場合は移動も多いですから必要なものをコンパクトにまとめて、整理整頓も心がけながら、毎回割と時間をかけて楽器を片付けます。僕にとって、楽器ケースのいろんなところに収納がついているものは、なんでもかんでも入れてしまうからあまりよくないんです。ちょっと窮屈なくらいがちょうどいい。いつも同じ場所に、収まるべきものが収まっている。それを確認できるくらいのスペースがいいですね。

それからこれも“楽器ケース”にまつわる話で、僕はアルト、ソプラノ両方のケースにショルダーベルトをつけているんですが、その留め金にはかなり気を使っています。今はとても強靭な金属でできた金具を採用したケースもあって安全性は高まっていますが、何かのはずみで外れて楽器ケースが肩から落ちる可能性がまったくないわけじゃない。だから僕は、元の金具に加えて、よく日用品店などで売っているたくさんのコードを束ねるためのバンドを補強のために取り付けています。万が一金具が外れてもかろうじて大丈夫なように保険をかけているというわけですね。そして楽器ケースを肩からかけるときには毎回、金具が摩耗していないか、変な方向にねじれていないか、必ず目で確認します。実はこれ、金具がこわれてしまってあわや……という経験をしたから念を入れるようになったんです。もうあんな思いはしたくないですからね(笑)。

こうしてひとつひとつ書いていくと、とてもこだわりがあって大変なように見えますが、これらをすべて習慣にしてしまえば何も難しいことはありません。残念ながらそれでも、大事な本番に忘れ物をしない、楽器ケースを落とさないという100%の安全は保障されませんが、リスクを少しでも減らすために、普段からみなさんも取り組んでみてはいかがでしょうか?

 

次回のテーマは「イメージを実際のものにするために」。
日頃の練習を意義のあるものにするために欠かせない、「イメージ」について伝えます。お楽しみに!

※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです

 

須川展也 Sugawa Nobuya

須川展也
日本が世界に誇るサクソフォン奏者。東京藝術大学卒業。サクソフォンを故・大室勇一氏に師事。第51回日本音楽コンクール管楽器部門、第1回日本管打楽器コンクールのいずれも最高位に輝く。出光音楽賞、村松賞受賞。
デビュー以来、名だたる作曲家への委嘱も積極的に行っており、須川によって委嘱&初演された多くの作品が楽譜としても出版され、20-21世紀のクラシカル・サクソフォンの新たな主要レパートリーとして国際的に広まっている。特に吉松隆の「ファジイバード・ソナタ」は、須川が海外で「ミスター・ファジイバード」と称される程に彼の名を国際的に高め、その演奏スタイルと共に国際的に世界のサクソフォン奏者たちの注目を集めている。
国内外のレーベルから約30枚に及ぶCDをリリース。最新CDは2016年発売の「マスターピーシーズ」(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)。また、2014年には著書「サクソフォーンは歌う!」(時事通信社)を刊行。
NHK交響楽団をはじめ日本のほとんどのオーケストラと共演を重ねており、海外ではBBCフィル、フィルハーモニア管、ヴュルテンベルク・フィル、スロヴァキア・フィル、イーストマン・ウインド・アンサンブル、パリギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団など多数の楽団と共演している。
1989-2010年まで東京佼成ウインドオーケストラ・コンサートマスターを22年余り務めた。96年浜松ゆかりの芸術家顕彰を表彰されるほか、09年より「浜松市やらまいか大使」に就任。2016年度静岡県文化奨励賞受賞。
サクソフォン四重奏団トルヴェール・クヮルテットのメンバー。ヤマハ吹奏楽団常任指揮者、イイヅカ☆ブラスフェスティバル・ミュージックディレクター、静岡市清水文化会館マリナート音楽アドバイザー&マリナート・ウインズ音楽監督、東京藝術大学招聘教授、京都市立芸術大学客員教授。
 
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