読者の皆さん、こんにちは。前号では久しぶりに表紙に登場することができ、インタビュー、特集、そしてこのコーナーとたくさん出していただきましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。さて、吹奏楽コンクールがいよいよ間近となってきました。吹奏楽部に所属されている方は、コンクールに向けて燃えていらっしゃることでしょう。この季節は、楽器に正面から向き合うとても大切な時期だと思います。どうすれば練習を楽しめるかということを、じっくりと考えるといいと思います。皆でうまくなって、いいアンサンブルができるよう、がんばってください。
あの震災は、瞬時に世界にショックを与え、徐々にその衝撃は広がっていきました。テレビで伝えられる大きな被害状況を見ながら僕は思いました。「音楽家が今すぐにできることって何もない」。“生”と真っ向から向き合っている最中の方たちに対して、残念ながら音楽は無力だなと感じたのです。もちろん、音楽家である前に人として義援金を送るなどのことはすぐに始められます。でも、音楽家は何ができるだろう?だんだんとその被害状況が明らかになっていく中で、僕はずっとそのことを考え続けていました。
もしかしたら、半年くらい経ったころに音楽を聴きたいと思う人たちが出てくるかもしれない。その時がきたらすぐに現地へ行って演奏してあげたい。もちろん、環境が整った場所ではないでしょう。そう思い立ち、すぐにヤマハさんに電話をして、電子ピアノとアンプ、スピーカーを注文しました。それを手元に持っておき、「音楽が必要だ」と言われるまで待っていよう。押しかけていっても、まだ音楽が必要とされていなければ音楽家の自己満足になってしまう。これは、音楽のみならずエンターテインメントの世界に生きる人たちみんなが直面した葛藤だと思います。
震災直後に、福島県の南相馬市から避難してきた方々がいらっしゃる新潟県の体育館で、ギターの鈴木大介さんと一緒に演奏する機会がありました。聴いてくださったのは、地震で大変な思いをされた上に原発のために故郷にいられなくなったという方々です。これからどうなるんだろうという不安でいっぱいですから、その音楽会では、ステージに立った瞬間にお客さんの重い現実を感じました。後半になるとやっと雰囲気が温まりだし、皆さんが音楽に心を向けてくださったのがわかりました。しかし、やはりその時はまだまだ音楽で皆さんの心を埋められる時期ではないと感じたのです。
それからしばらくは、以前からお世話になっていた被災地の方々とコンタクトをとりながら、「来てもらいたい、音楽を楽しみたい」という声が上がるまで待機していました。そしていよいよ9月から、被災地での演奏活動が始まったというわけです。
全力で心を込めて演奏したら、コンサートは楽しく盛り上がりました。その時に「僕ができることはこれからだ」と感じました。それからは被災地の幼稚園、小学校、中学校、高校を音楽鑑賞教室のような形で訪れて教室や体育館で演奏したり、その学校の吹奏楽部と共演したり指導したりしました。演奏後に生徒たちが感想文をくれるのですが、逆にこちらが元気になれるような、感動をもらえるようなことを書いてくれたんです。「近親者が亡くなり家もなくしたけれど、音楽で希望が持てました」という言葉を初めてもらったときは、本当にうれしかった。音楽の力を確信しました。想像に耐えがたい、悲惨な思いを心に秘めながらも前向きになろうとしている皆さんが、音楽を聴いて心を温めようとしてくれることに、音楽家として元気をもらいました。
音楽に素直に感動してくれる子どもたちは、一見元気そうに見えるけれど、ふとした時に抱えている悲しみを垣間見ることがありました。福島県南相馬市で出会った、データを取るための線量計をつけた子どもたちの姿もつらかったです。
また現地で食事をするときなど、「この壁のこの辺まで水が来たんですよ」などというとても生々しい話をお店の方から聞くこともありました。彼らは明るい調子で話してくれたのですが、そのとんでもない現実に胸がつぶれました。そして「水が引いたら昔の小判がでてきた」とか、少しでも明るい話題にしようとしてくれる皆さんのお気持ちに心を打たれました。
これらは被災された方々と直に接したからこそわかったことです。この震災がもたらしたものを忘れてはなりません。テレビで報道されるよりももっと深い事実を、実際接することができる僕たちが伝えていかなければいけない。そして音楽家として、演奏を聴いて下さった方々がつらい中でも希望を見つけて感動して下さったという“音楽がもたらす力”を伝えていきたいと思います。
今回の震災をはじめ、他にも日本中でいろんな大変なことがありますが、そういうときにこそ「勇気を持って頑張る」という日本人の強さが表れますよね。音楽が少しでも皆様を応援できれば、素敵なことだと思います。震災から1年が過ぎたこれからが、ますます音楽家の出番だと思います。
次回のテーマは「ジャズ=伝えるべきひとつの音楽のスタイル」。
サックスにおけるジャズとクラシックの関係性についてお話しします。お楽しみに!
※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです
須川展也 Sugawa Nobuya