読者の皆さん、こんにちは。早いもので、もう今年最後の本誌となりました。これから年末に向けて忙しくなると思いますが、時には好きな音楽に耳を傾けて、心の栄養を摂ってくださいね。その際はぜひ、僕のニューアルバム「サキソ・マジック」をよろしくお願いします!
さて、少し早いのですが2012年を振り返ってみると……、5月と6月に、5カ国にわたってコンサートとマスタークラスを行なうツアーに出かけました。僕はありがたいことにいろんな国で演奏やレッスンを行なう機会をいただいていますが、今回は初めて訪れた国もあり、大変な刺激になりました。中でもとても感慨深かったのは、「クラシック・サックスのレパートリーとして、日本人の作品が世界に浸透している」ということです。今回と次回は、そのツアーのレポートをお届けしましょう。
まず5月10日に日本を発って出かけたのは、ヤマハ・ロシア5周年記念として企画されたツアーです。15日に帰国しましたから、ロシアで過ごしたのは4日間という短い期間でしたが、とても充実していました。
ロシアに着いた翌5月11日は、モスクワのグネーシン音楽院で4〜5人のマスタークラスとリサイタル。グネーシン音楽院はモスクワの私立の音楽学校の中でも最高峰と言われていて、近年国際コンクールで上位に入賞するサックス吹きを輩出するなど、今もっとも勢いのある学校です。そこでのマスタークラスでは、当然のように吉松隆さんの『ファジィバード・ソナタ』をレッスンしてほしいという生徒がいました。
緻密さという点においてはまだまだという印象もありましたが、ロシアは大地が広大なだけに大きなスケールを感じさせる演奏が多かったですね。何より生徒たちがとても熱心に僕に立ち向かってきてくれて(笑)、日本の学生もうかうかしていられないよ!と思うような、アカデミックな内容のレッスンとなりました。
その後のリサイタルでは、いくつかの小品に加えてミヨーの『スカラムーシュ』、ニューアルバム「サキソ・マジック」にも収録した長生淳さんの新曲『ラフォリスム』、挾間美帆さん編曲の『ガーシュウィン・メロディーズ』、石川亮太さん作曲の『日本民謡による狂詩曲』を演奏。お客さんに大きな拍手で迎えられ、幸せなステージでした。
今回のツアーの性質上、お客さんはモスクワ周辺に住んでいるサックスの先生や生徒たちばかりで、皆さん熱心に耳を傾けてくださり、さらにモスクワの教育テレビの取材もあり、ひとつの大きなイベントとなりました。また、現代ロシアを代表するサックス奏者であるマルガリータ・シャポシュニコワさんや2006年のディナン(アドルフ・サックス・コンクール)で優勝したセルゲイ・コレゾフ君ともいろんな話をすることができました。セルゲイ君は今後ロシアを引っ張っていくプレイヤーですが、彼はリサイタルで毎回のように『ファジィバード・ソナタ』を取り上げているんだそうです。吉松さんのファンで、ファンレターを出すほどだとか! ここでまず、『ファジィバード・ソナタ』がロシアでレパートリーとして定着しているということに驚きました。
5月12日はマリンバとの共演とオーケストラ(ムジカ・ヴィーヴァ)との共演がありました。このときはなんと、先方から湯山昭さん作曲の『マリンバとアルトサックスのためのディヴェルティメント』を共演曲としてリクエストされたんです! この曲も、サックスのレパートリーとして知られているんですね。プログラムは、これに加えてラーションの『コンチェルト』とドビュッシーの『ラプソディ』で、当日のゲネプロだけで本番という強行スケジュールでしたが、オーケストラはさすがのプロフェッショナルで、すばらしい共演となりました。
5月13日は、朝早い新幹線に乗ってサンクトペテルブルグ音楽院に行き、着いたらすぐお昼ご飯をいただき(ビーフストロガノフ、美味しかった!)、早速マスタークラス、そしてリサイタルです。ここのマスタークラスでもやはり、『ファジィバード・ソナタ』をレッスンしました。もちろん、曲そのもののレッスンが目的ではあるのですが、彼らは僕が吉松さんにこの曲を作ってもらったときの話も聞きたかったようで、サックスという楽器がクラシックとジャズやその他のジャンルの境界線に立っている楽器であるという、クラシック音楽の中では曖昧な立場にいるということを生かした作品だということを話し、吉松さんがこの曲を含めた「鳥シリーズ」に込めた思いなどを紹介しました。
ロシアはこれからクラシック・サックスが発展していくであろう国です。ここでこれだけ日本人の作品が定着しているということは僕にとっては驚きでした。今や日本を代表する作曲家である吉松隆さんにお願いして1991年に作曲していただいた『ファジィバード・ソナタ』は、その後すぐに僕のCDに収録し、話題にしていただきました。そのCDのおかげでアメリカに行ったり、フランスの名手であるジャン=イヴ・フルモーに知ってもらってビヨード社から出版することになったり……。クラシックの作品は通常、15年から20年かけて根気強く演奏していかないとなかなか定着しないものですが、この曲は20年経った今、すでに世界中の人が演奏してくれています。吉松さんは時代を先取りした世界に認められる曲を書いてくれたんだ、そのことを改めて強く感じた機会でした。
次回は6月のツアー、ラトビア、エストニア、ドイツ、ポーランドでの出来事をレポートしましょう。ここでも『ファジィバード・ソナタ』はもちろんのこと、吹奏楽で人気のあの方、皆さんご存じのクラシック・サックスプレイヤーなどによる“日本発”に出会います。
次回のテーマは「クラシック・サックスの世界で認められる“日本発”その2」。
世界に広まっている、日本で生まれたサックスのレパートリー。引き続き“その2”では東ヨーロッパでの経験について語ります。お楽しみに!
※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです
須川展也 Sugawa Nobuya