読者の皆さん、こんにちは。2013年が明けて早1ヶ月が経ちました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。またいろんなステージで皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。
さて、このコーナーでは前号から、2012年の5月と6月に行なったツアーのレポートをしています。前号ではこれからクラシック・サックスが発展していくであろうロシアにて、吉松隆さんの『ファジィバード・ソナタ』をはじめとする日本人作曲家の作品が、レパートリーとして受け入れられていることに驚いたという話を書きました。その驚きは、その後6月に訪れた東ヨーロッパでも続きます。
6月のツアーは19日、ラトビアの首都・リガからスタートしました。ここにあるリガ音楽院は名ヴァイオリニストのギドン・クレーメルの母校でもあり、学長先生がなんとサックス奏者なんです。今回のツアーは、リガで開催中のラトビア音楽祭の中で“リガ・サクソフォーン・カルテット”と共演し、さらにリサイタルをすることがメインでした。音楽祭ではリガSQのステージもありましたが、そこで彼らが取り上げた曲がまたしても日本人作品(長生淳さん作曲)である『トルヴェールの四季』! 僕はそのことを当日まで知らず、「あれ? どこかで聞いたことがある曲だな」なんて(笑)。僕がゲスト出演するから選んでくれたのかと思いきや、彼らはこの曲をレパートリーとしてよく演奏しているというではありませんか。これにはびっくりしました。翌日のマスタークラスでも当然のように『ファジィバード・ソナタ』の受講生がいましたし、ここにも日本人作品が根付いていることを知りました。
翌21日は移動日でエストニアのタリンへ。ここはまだ比較的クラシック・サックスの歴史が浅いだけに日本人の作品をレッスンすることはなかったですが、僕が演奏した『ファジィバード・ソナタ』に大変興味を示してくれて、これからレベルの向上と共に盛り上がってくる予感がしました。
リガもタリンも、ソ連時代が長かったとはいえ中世のころからヨーロッパとの貿易によって栄えた都市ですから、小さい街ながらも古くからのヨーロッパの風情を残すところが多々あり、美しい街並みです。そして初めての白夜を体験しました。夜中になっても日が暮れないのは不思議な感覚です。反対に冬は一日中暗い時期があるという厳しい自然を持つ国だからこそ、夏のこの時期は皆さん活動盛んで、季節を楽しんでいるのがわかりました。
それからドイツに入り、ハンブルグのアマチュア吹奏楽団と共演しました。いまドイツでは吹奏楽がとても盛り上がっているのですが、ここで共演曲としてリクエストされたのが真島俊夫さんの『BIRDS』、またしても日本人作品です。盛んになってきたとはいえ、日本の市民吹奏楽団のようにプロ並みの演奏をしてくれるわけではなく、おおらかに楽しんでいる雰囲気の楽団です。練習の時には「大丈夫かな?」と心配になる部分もありましたが、ドイツ人の気質なのか本番に強いのか(笑)、立派な演奏になりました。
その後はケルン音楽大学でマスタークラスです。ここは前にも教えたことがあり、優秀な生徒がたくさん受けてくれましたが、やはり『ファジィバード・ソナタ』は当然レッスンしました。また、カルテットのレッスンでは東京佼成ウインドオーケストラのサックス奏者・栃尾克樹さんがアレンジされた『イタリアン・コンチェルト』をみてほしいと言われ、「ここでも日本人作品が!」と驚きました。
ケルンの後は、ラーベンスブルグという昔からの楽器作りのマイスターがいるような街で、アマチュアサックス吹きのためのクリニックです。初心者みたいなお子さんから吹奏楽団で吹いている人など10人くらいが参加してくれました。この街のアマチュアの人は「習う」という習慣がないようで、とても新鮮だったようです。日本で当たり前のように言っているマウスピースのくわえ方、姿勢なども知らなかったようで、彼らが喜んでいる姿を見て、こうした「サックス好きな人々が、さらに好きになってもらうためのレッスン」というものの大切さを思い知らされました。
その後はポーランドへ。ショパンの国ですね。ワルシャワ音楽院(ショパン音楽アカデミー)にもサックス科があります。2日間のマスタークラスとリサイタルだったのですが、共演してくれたポーランド人のピアニストが、「『ファジィバード・ソナタ』なら何度も演奏したことありますよ」と! 僕はおそるおそる「この曲をやりたいんですけど」と言ったんですが……ここにも広がっている、と。嬉しかったですね。マスタークラスでは『ファジィバード・ソナタ』はもちろん、野田燎さんの『インプロヴィゼーション』を持ってくる生徒もいました。これは尺八をイメージして書かれた曲ですが、とても素晴らしい演奏だったので聞いてみると、尺八が出ている映像などを見て研究したそうで、ただ僕が来るから日本の曲を見てもらおうというのではなく、楽曲研究もきちんとして真摯に取り組んでいることがとても嬉しかったです。もちろんその生徒だけではありません。2回のツアーで教えた生徒たちは皆そうでした。
この2回のツアーにおいて、クラシック・サックスの歴史にいくつもの「日本発」が確実に組み込まれていることを確信しました。そして同時に、「これから」を待ってくれているとも感じました。日本の作品が世界の演奏家たちに取り上げられているということはすごく幸せなことであり、これからさらに委嘱活動をしていかなければと思いました。大事なのは、「この人のために曲を書いてもいい」と思ってもらえなければいけないということです。そのために、自分自身の腕もさらに磨かなければいけないと感じた、2つのツアーでした。
次回のテーマは「音を磨く[その1]」。
サックスを吹くからには美しい音、理想の音を奏でたいもの。でも、そのためにはどうすれば良いの?3回に分けて練習方法を解説します。お楽しみに!
※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです
須川展也 Sugawa Nobuya