読者の皆さん、こんにちは! 今号はなんと、同じクラシック・サクソフォーンの世界で共に歩んできた雲井雅人さんと、表紙を飾らせていただきました。対談も楽しんでいただけたでしょうか? その中でも少し触れましたが、今年僕はデビュー30周年を迎えました。今まで30年間、プロフェッショナルのサックス奏者でいられたということは本当に幸運中の幸運だし、それを支えてくれたすべての方に感謝の気持ちはつきません。その思いをここに書いてしまいたいくらいですが、誌面には限りがあるので、これからの活動、音で表現していきたいと思います。
30周年を迎えた今よく考えること……。日本はサクソフォン大国であるし、吹奏楽大国であると言えますよね。日本中どこででも吹奏楽団が活動しているし、サックスのアンサンブルをしているグループも多い。その中で、今、音楽業界の環境はどうなのでしょうか。たくさんの音楽大学があって、毎年たくさんの学生が卒業し、社会に出ていきます。皆さんそれぞれ努力をしてすばらしい活動をしているし、いろんな形で社会に貢献しているのは素晴らしいことだと思います。しかし昨今、インターネットの普及に連れてCDの売れ行きが芳しくなくなり、また、誰でも作れるようにもなりました。そして、オンライン動画でコンサートの映像も簡単に見ることができるようになりました。しかもなかなか音色も良く、家にいながらにしてコンサートを聴けるような感覚になれますよね。それによって、音楽家は大きな恩恵にあずかっている部分もありますが、反面、実際に音楽会に来てくださる方が、今後どうなるのか心配になることもあります。手軽に、自分の都合に合わせて自宅で音楽を鑑賞できるのに、わざわざ時間をかけて演奏会場に出かけていったり、わざわざCDを買いに行ったりする方はいなくなってしまうのではないか? これは音楽家として意識せざるを得ないことです。
では、どうしたらコンサートに来てくださるのか、どうしたらCDを買ってくださるのか、これを考えていかなければなりません。僕も学校の先生として未来を担う若い音楽家を育てていますし、これまでに教えてきた生徒もたくさん活躍してくれています。彼らがこの先、充実した音楽活動をしていけるか。僕はこれからの演奏活動の柱にこの問題を加えて、「わざわざでも足を運びたくなるコンサート」、「手元に置いておきたいCD」を目指していきたいと考えているんです。
最近の自分の活動として、まずはリサイタルをすること……これは演奏家として大変名誉であるし、労力を惜しまず努力を続けていますが、それだけは足りないと感じ、始めていることは、若い奏者たちや愛好家たちと一緒にコンサートを作り上げていくということです。その、作り上げていく喜びを「共有」していく。この「共有する」を大事なキーワードとして、これからのコンサートや録音活動に位置づけしていきたいんです。
演奏家がその音楽に自分のすべてを捧げて音楽を表現していくのを、お客さんに聴いてもらうだけじゃなく、共有する。例えば、ひとつの曲があるとしてそれをただ演奏して受け身で聴いてもらうだけでなく、その曲の背景や物語、どんな思いを込めているのかを語ったりしながらもう一歩先まで踏み込んでもらい、お客様自身も一緒になってその音楽を「作って」もらう。そんな形のコンサートもひとつのアイデアとして、演奏者からの一方通行でなく、もう少し広がりを持たせられるのではないかな、と思うんです。
と言っても、世の中に一気に浸透するような簡単なものではないことはわかっています。今少し始めているのは、2時間のソロリサイタル中の3分の2ぐらいは今自分が表現したい音楽をプログラミングし、あとの3分の1は共演ステージを設けること。例えば、リサイタル開催地の地元にサックスアンサンブルのグループがあれば、彼らと1ヶ月前くらいに入念なリハーサルをし、音楽的な指導が必要であれば行ない、心を通わせて一緒に音楽作りをします。そしてリサイタルまでの1ヶ月間、彼らは僕と一緒に演奏することを楽しみに、頑張ってくれるわけです。本番では、彼らはお客さんでもあり、僕の共演者でもありますから、僕のソロステージを聴く耳も違ってきます。より、感受性は高まっているんです。もちろん、共演するのはサックス奏者だけではありません。プロの場合もあるし、楽器を始めて間もないアマチュアの場合もあります。これまでに僕のリサイタルで共演してくれた方々は、音楽をする楽しみ、聴く楽しみが広がったと、大変喜んでくださいました。そして彼らは、僕のリサイタルだけでなく他の音楽も聴いてみたいという欲求に駆られ、熱心な音楽ファンになってくれているのです。
もちろんこれまでにこうした活動をしている音楽家はたくさんいらっしゃると思いますが、僕もこれからの活動に加えることによって、聴く楽しみも具体的に伝えられるんじゃないかと。吹奏楽をやっている人たちの現状として「演奏する喜び」はあっても「演奏を聴く喜び」というものが、オーケストラに比べてまだまだなところがあると感じます。彼らの「演奏する喜び」である機会に、プロのソロリサイタルを混ぜて、聴く喜びが育ってくれたらいいなと思っています。
僕ひとりのコンサートなんて、本当に「海に小石を投げる」くらいの影響力しかないかもしれませんが、音楽の未来のために少しずつでも努力していかなければ! すでに今年、全国各地で「参加型コンサート」の開催が決定していますので、ぜひ聴きにいらしてくださいね。
次回のテーマは「レコーディングはチームワークに尽きる!」。
トルヴェール・クヮルテットのレコーディングについて。慣れっこで楽勝、と思いきや…?お楽しみに!
※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです
須川展也 Sugawa Nobuya