Part.3 音色を楽しむ名盤&定番CD
Classic Saxの音色とはどんなものだろう。 ここに紹介する名盤、定番アルバムで、その実を探ってみよう。
Navigator 栗林肇(サクソフォン研究家)
01. Marcel Mule 'Le Patron' of the Saxophone
【CC 0013】Clarinet Classic
"サクソフォンの神様"と評される、歴史上最も偉大なサクソフォン奏者マルセル・ミュール(1901-2001)の録音は、SP、LP時代に40枚近くが世に送り出されました。現在、それらを入手することは難しいですが、幸いなことにその多くが復刻盤としてCDでリリースされています。クラリネット・クラシックスから出版された本CDは、若き日のミュールの録音が大量に収録されています。サクソフォン協奏曲の最高峰との呼び声高いイベール『コンチェルティーノ』での神憑り的な演奏を聴けば、ミュールが後世に与えた影響の大きさを実感できることでしょう。
02. Marcel Mule
【GD-2023】グリーンドア音楽出版
音楽プロデューサーとしても高名な吉野金次氏が主宰するグリーンドア音楽出版が復刻した一枚。Classic Saxの歴史的録音の復刻は、サックスの本家であるフランスよりも、むしろ日本において盛んに行なわれています。ミュールがキャリアの後期にDeccaへと吹き込んだ6枚のLP"LE SAXOPHONE"シリーズはいずれも評価が高いですが、その中から厳選された2枚が収められています。ミュール自身も気に入ってレパートリーにしていたというクレストン『ソナタ』や、近代フランス音楽の大家シュミットが作曲した『四重奏曲』といった、いずれも充実したサクソフォンのためのオリジナル作品を、たっぷりと。
03. Erland von Koch: SAXOPHONE CONCERTO
【PSCD 55】Phono Suecia
ミュールと同時代に活躍しながら、国内ではその名をほとんど知られていないシガード・ラッシャー(1907-2001)。稀に名前が出たところで"Top-Tones for the Saxophone(Carl Fischer)"の著者としての、フラジオ音域の開拓ばかりに目が行きがちですが、サクソフォンのために数多くの作品を委嘱し、レパートリーの拡大に貢献したことも忘れてはなりません。スウェーデンの作曲家、エルランド・フォン=コックの手による『サクソフォン協奏曲』は、民族音楽的な素材を基にした傑作。質の高いオーケストラと共に、ラッシャーの技巧(言わずもがな、お得意のフラジオも!)が、全編を通して冴え渡ります。
04. 世界の創造〜ミヨー名管弦楽曲集
【TOCE-3446】EMI
ミュールの一番弟子として、後世にフレンチ・スタイルのサクソフォン演奏を伝える役割を担った名手ダニエル・デファイエ(1920-2002)。数多くのオーケストラに客演し、カラヤンやバーンスタインといった大指揮者が絶大な信頼を寄せるなど、クラシック音楽の高い品格を身につけた数少ないサクソフォン演奏家の一人として、一世を風靡しました。ソロ録音の復刻は進んでいるとは言いがたいですが、オーケストラとの共演盤でその見事な演奏に触れることができます。サクソフォン独奏をフィーチャーした、ミヨーのバレエ音楽『世界の創造』では、賑やかなオーケストラの中で圧倒的な存在感を示しています。
05. Jean Marie-Londix–Portrait
【MDG 642 1416-2】
デファイエと同時期に活躍したジャン=マリー・ロンデックス(1932-)は、演奏家としての活動のみならず、教育者、研究者としての高い名声をも得ています。現代音楽とサクソフォンを結びつけたデニゾフ『ソナタ』の初演、ボルドー音楽院教授としての後進の育成、サクソフォン作品目録"125 Years of Music for Saxophone"の編纂……等々。本アルバムは、ロンデックスが委嘱した作品を中心に、プライヴェート録音までをも網羅した4枚組の復刻盤。復刻状態が甘く、ギリギリで鑑賞に耐えうる録音も散見されますが、数多くの貴重な名演奏を前にしてのこれ以上の要求は贅沢というものでしょう。もちろんデニゾフ『ソナタ』も収録されています。
06. Le Saxophone Francais
【7243 5 72360 2 7】EMI France
フランスの往年の名手、ミュール、デファイエ、ロンデックスの復刻音源が、3枚組CDとしてリリースされたお得な復刻アルバム。このアルバムひとつで、フランス・サクソフォン界の歴史を駆け足で俯瞰することができます。まずは3枚目後半に収録されたミュールの演奏で、上にも挙げたイベールをチェック。1枚目と3枚目前半には、ロンデックスがかつてEMI Franceに吹き込んだ独奏が大量に復刻されており、EMI Franceの気合いを感じました。2枚目は、伝説のカルテット、デファイエ四重奏団による、ピエルネ『民謡風ロンドの主題による序奏と変奏』を始めとする四重奏のスタンダードナンバー。火花が飛び散るようなエスプリたっぷりの録音です。
07. Allan Pettersson Symphony No.7,16
【SCD 1002】Swedish Society
スウェーデンの作曲家、アラン・ペッテションの最晩年の交響曲である"第16番"は、およそ25分間の単一楽章の作品ですが、大変興味深いことに、サクソフォンが独奏楽器として取り上げられています。荒れる大海原にただ一人立ち向かうかのような孤高のサクソフォン・ソロは、ペッテションの悲劇的な人生と重なるものを感じさせ、聴き手を感動へと誘います。本アルバムでは、アメリカを代表する巨匠、フレデリック・ヘムケ(1935-2019)がサクソフォンを担当。パリでミュールに学び、帰国後はノースウェスタン大学の教授として後進の育成に力を入れています。輝かしい音色と豪快なテクニックは、オーケストラのfを遥かに凌駕しています。
08.The Solitary Saxophone
【CD-640】BIS
Classic Saxの最高学府、パリ国立高等音楽院サクソフォン科は、その歴史の中でアドルフ・サックス、ミュール、デファイエといった名手を教授に迎え、常にサクソフォン界を牽引する存在です。その現教授が、鬼才クロード・ドゥラングル。作曲家やダンサー、コンピュータとのコラボレーションなど、次々に新しいアイデアを実現させ、サクソフォン界に新しい風を送り込んでいます。本CDは、キャリアの初期に録音された無伴奏曲集。シュトックハウゼンやベリオなど、自身が親交の深い作曲家の作品を取り上げ、人間離れした隙のないテクニックで聴き手を魅了します。オーボエ作品から改作されたという、武満徹の『ディスタンス』にも注目。
09. Fuzzy Bird
【APCE-5199】Apollon /【ART-3079】アート・ユニオン(再プレス盤)
今や世界を代表するサクソフォン奏者の一人である、須川展也のアルバムから。ピアノの小柳美奈子と組んだ独奏活動、東京佼成ウインドオーケストラ、トルヴェール・クヮルテットなど、その活躍ぶりは改めて紹介するまでもありません。レコーディングも数多いですが、Classic Saxの古典作品が収録された本アルバムに注目してみましょう。今やスタンダード作品となった吉松隆『ファジイ・バード』は、本CDへの録音が初演。ロックやジャズのエッセンスを散りばめた、当時としては革新的かつ超高難易度の作品ですが、いかなる箇所においても技術的な困難さを微塵も感じさせず、作品に内在する"うた"が聞こえてきます。