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Special Interview & 演奏アドバイス『Flute on Ice vol.2』
神田勇哉、演奏の楽しみと極意
近年ますます盛り上がりを見せるフィギュアスケート。そこで使われる音楽は、正統派クラシック、オペラ、バレエ音楽、映画音楽など、バラエティに富んでいる。曲集「Flute on Ice vol.2 ~氷上の名曲をフルートで~」では、付属CDの参考演奏を神田勇哉さんにお願い、インタビューでは演奏アドバイスを伺った。
「絶対に手を離すな!」……劇的なストーリーを音楽に
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まずは、『チャルダッシュ』(モンティ 作曲)から。
神田
これはハンガリーの曲ですが、実は作曲者のモンティはイタリア人なんですよね。だからハンガリーの国歌みたいなものではなくて……“イタリア人が見たハンガリー”が表現されている(?)のかもしれません。もしかしたら実際のハンガリー人は「こういう曲やらないんだよね」とか「こういう曲は好きじゃない」とか言うかもしれない。でも、外国人が日本をイメージして「富士山を眺めながら新幹線に乗って、街には相撲レスラーが歩いてる」なんていう風景を思い浮かべる、そんな感じで「ハンガリーといえば……リストとかブダペスト、フォアグラ??」そういうイメージをどんどん膨らませて、ハンガリーについて知ってから曲を聴いたり演奏したりしてみると、面白いかもしれないですね。
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そうだったんですね。民族音楽風な趣があるけれど、実は“イメージ先行”かもしれない、と。でもそういうことも知っていれば、音楽表現のしかたが変わってくるかもしれませんね。次は「カルメン」の『ハバネラ』(ビゼー作曲)です。
神田
「今日はあなたになびくかもしれないし、そうでないかもしれない」という気まぐれな女心を歌ったアリアですが、日本人にはちょっと理解しにくい心情かもしれませんね。別名『恋は野の鳥』と言われていて、手なずけられない鳥に女性の気持ちの移ろいやすさをたとえたわけです。そんな歌の表現をフルートでするんですが、少々こってり目に演奏すると感じが出ると思います。なるべくテンポの中で音を長く保って、遅くはならないけれど、1個1個の音をストレッチするイメージで、できる限り音を長く長~くする。たっぷり時間を使って歌うようにすると、アリアの感じに近づけるんじゃないでしょうか。
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次もオペラからで、「ラ・ボエーム」に登場する『私が街を歩けば』(プッチーニ 作曲)ですね。
神田
オペラの筋書きとしては、美女が男に「別れたことを後悔させてやる、私はこんなにモテるのよ」と言って回る、という場面の歌です。やはり歌なのでテンポを揺らすのは当たり前なのですが、そういう点ではCDのカラオケ音源に合わせて演奏しづらい面もあります。生ピアノと演奏する場合は、伴奏をよく聴いて自由に歌ってほしいですが……。だから3拍子がきれいに「1、2、3」とならないように。もちろんそのリズムは根底にありつつ、“歌う”ということを大事にしていただければと思います。なおかつ、止まってばかりじゃつまらないですから、進むところは進むというメリハリをちゃんと計画的に考えておくといいですね。フルートはリード楽器や金管楽器などと違って、息を出すという意味では歌と共通した部分があります。ですから、歌うことに通じる“息づかい”を意識することもぜひやってみてください。「フルートだからできる表現」を探してみることで、表現がぐっと深まると思います。
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では次、『月の光』(ドビュッシー 作曲)です。
神田
この曲集ではフルートで吹きやすいニ長調に転調してありますが、原調は♭が5個の変ニ長調です。♭が増えれば増えるほど音のクリアな感じがなくなってきますが、“月の光”ですから、実体のないものを表現しようという作曲家の意図がそこにあったんじゃないかな、と推測します。まあそんなことも頭の片隅にとどめていただき、“旋律美”を感じながら月の光を表現できるといいのではないか、と思います。 少しでも音色を明るく柔らかくできるように練習して、あまりカチーンとした音で吹かないほうがいいですね。ピアノはやっぱり打楽器ですから、ピアノで表現するっていうところに意味があるんですけれど、逆にフルートの低音域は柔らかいですから、月の光を表現するのに向いてるかもしれないですね。
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そして、イメージがガラリと変わって『Asian Dream Song』(久石譲 作曲)です。
神田
“東洋的なものって何だろう?”という問いへの答えというか、久石さんという作曲家にとってのアジアの世界観を表現した音楽なのかな、と僕はイメージしました。素朴な感じをフルートで表現してみたいと思って試したんですが、そうすると力がない感じになってしまって、あまり良くなかったんですよね。前半のピアノソロをフルートに置き換えた部分などは特に、結構力を入れて鳴らしていくくらいでちょうどいいと感じました。 途中、壮大な感じに展開していく部分は、歌手が歌うようにまっすぐ演奏したら上手くいきました。全体的にドラマチックで、場面ごとに想像を掻き立てられる曲ですね。自分でストーリーを作ってみるのもいいと思いますよ。前半の部分なんて、イントロが完全に「ここは大和……」という感じの始まりですし(笑)、途中の部分も「絶対に手を離すな!」「もう私のことはいい、行って!」……みたいな、そういう劇的な場面を想像しながら吹いたら、すごく楽しいです(キッパリ)。
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(笑)想像力を逞しくして臨むべし、ですね! さて、次もまただいぶ感じの違う曲ですが、『小雀に捧げる歌』(コルジェニョフスキ 作曲)。エディット・ピアフに捧げられた歌で、宮原知子選手が使ったことで一躍有名になりました。
神田
真ん中の部分に難しい音型が出てきますが、ここは曲の中ではそんなに重要な役割を担っているわけでもないので、しっかり音を鳴らすよりは流れるようなイメージで演奏していいと思います。伴奏に引っ張ってもらって。逆にメロディの部分は、肉厚な感じにアクセルをグーッと押していくように歌っていきたいですね。69小節目~のメロディなんてとてもいい感じで、盛り上げどころなので、ぜひここは顔を上げてアピールしていきたですね。“小雀”とはいっても可愛らしいイメージの曲ではなく、荒波とか夜っぽいような……僕はそんなイメージを持ちました。ストーリー的な場面でいうと、この曲は最初から最後まで同じキャラクター、同じ場面という感じでした。
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では次、映画『SAYURI』より(ウイリアムズ 作曲)。映画音楽の巨匠、ジョン・ウイリアムズの作品で、アメリカ人が作った“和モノ”ですね。この曲集では、3つのテーマがメドレーになっています。
神田
映画音楽なので、映画を必ず見てほしいですね。日本人なら感じると思うんですけれど、アメリカ人やヨーロッパ人の持ってる“アジア観”というか、あのごちゃまぜ感……日本のことをわかってないというよりも、アジアってこう見えてるんだな、という視点で見てみると興味深い。私たちもノルウェーとスウェーデンの違いとか、全然分からないですからね。キューバとメキシコとか……まあそうやって、中国と日本が似たようなもんだって思われてるんだなあ、と感じたりすることも音楽に生きてくると思います。
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最後は、「くるみ割り人形」から『花のワルツ』(チャイコフスキー 作曲)です。
神田
これはなかなかのボリュームです。オーケストラと同じ尺になってるので、吹く人はスタミナがいるかもしれない。さらに、ピアノはフルートの100倍ぐらい難しくて、これは大変だなと思いました(笑)。ピアノがずっとメロディを弾いてくれています。オーケストラの原曲をまずはよく聴き、どんな楽器が演奏しているのかを把握して、その都度キャラクターを変化させていったら楽しく演奏できると思います。ピアノの人との協力も不可欠なので、ちゃんと全体のイメージを伝えて「ここは激しめでお願いします」とか、計画的な筋道をあらかじめ決めておくことをおすすめします。 基本的には踊りの音楽ですから、音楽を100%楽しむというよりは、BGMとして書かれたということを知っておいたほうがいいですね。バレエのために書かれた組曲なので、やっぱり徹頭徹尾飽きさせない構成になっているシンフォニーとは違う。……なんて言うと興醒めかもしれませんが、そんな知識も持っておくと、表現のヒントになることもあると思います。
CDの伴奏に合わせる良い方法とは?
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伴奏CDに合わせて演奏するのは、慣れないと結構コツがいると思うのですが、何か良い方法はありますか?
神田
100%アタマで合わせようとしないこと、でしょうか。合わせすぎてしまうと、無情にもCDのほうが先に行ってしまったりするので、伴奏を常に意識して聴いておくことですね。 家庭用のCDプレイヤーやスピーカーだと限界がありますけど、なるべく大きい音で再生するのがいいと思います。フルートの音は案外、スピーカーの音を上回ったりするので。それなりのボリュームが出せる機器を用意して、吹きながら音をしっかり聴けるようにしてから始めるのがいいと思います。 あとは、合わないところを繰り返して、合わせながら練習するといいでしょう。フルートが長い休みになったりして、ピアノとタイミングを合わせて一緒に出るようなところは特に、先に飛び出してしまわないように何度も聴いて合わせて慣れるのがいちばんです。ピッタリのタイミングで一緒に出られると最高ですが、イチかバチかでずれてしまったら格好悪いので、そういうタイミングではふわーっとした出だしで合わせるようにするのがいいですね。 あと、演奏していると知らず知らずのうちにテンポが速くなったり遅くなったりすることがよくありますが、マイナスワンに合わせることで、最初から最後まで正確なテンポで演奏することができます。そこは、CDの良いところですね。自分のテンポが速かったんだ、とか遅かったんだ、ということに気づけたりもすると思います。
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それでは最後に近況を。神田さんは最近、YouTubeの演奏動画を精力的にアップしていますね。
神田
いわゆる“名曲集”の中から1つひとつ演奏しては、地道にアップしています。収益はせずに、アーカイブを増やしていくことが目的です。いろんな意味で、フルートを吹く人たちに参考にしてもらえれば、と。演奏はもちろんですが、どのくらいの長さの曲なんだろうとか、全曲を聴いたことがないから聴いてみようとか、いろんな使い方をしていただければと思います。「どんな曲だったっけ?」と棚からCDを取り出して聴いてみる……それと同じ感覚で、ライブラリーとして使ってもらえるようなものを目指しています。 それから、ここ最近、SNSに力を入れるようになりました。今までアカウントはありましたが、照れくささもあってあまり発信してなかったんですよ。それが、夏くらいに名古屋で演奏会をやって帰ってきたら、「なんで教えてくれなかったの?!」と言われたことがあって。あまりに宣伝宣伝……になってしまうのも、と思っていたんですが、聴きたいと思っている人にちゃんと音楽を届けるためにも、情報発信は積極的にやらないといけないな、と思うようになったんですね。 とはいえ、やっぱりただの宣伝にはしたくないので、次の公演に関するトリビアのようなネタをアップしていくことにしてます。読んでからコンサートに来ていただけると、倍以上楽しめると思いますのでぜひ、覗いてみてください。
神田勇哉さんのYouTubeチャンネル
演奏&ピアノ伴奏カラオケCD付 FLUTE on ICE vol.2
好評発売中の「FLUTE on ICE」に第2弾が登場です。活躍中の選手たちが、様々なシーズンに氷上で繰り広げた素晴らしい演技とともによみがえる音楽たち……。かつて浅田真央が舞い、最近では紀平梨花の使用曲にもなった『月の光』をはじめ、『映画「SAYURI」より』、『小雀に捧げる歌』など、美しい楽曲が満載。冬を彩る素敵な音楽を存分に楽しめる一冊です。
[演奏]神田勇哉(Flute)東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者、 成田有花(Piano)
[収録曲]月の光(C. ドビュッシー)/ハバネラ(G. ビゼー)/チャルダッシュ(V. モンティ)/花のワルツ(P. チャイコフスキー)/私が町を歩けば(ムゼッタのワルツ)(G. プッチーニ)/映画「SAYURI」より Sayuri′s Theme(and End Credits)~The chairman′s Waltz~ Going To School(ジョン・ウィリアムズ)/Asian Dream Song(久石 譲)/小雀に捧げる歌(Song For The Little Sparrow)(A.コジェニオウスキ)
[収録曲]月の光(C. ドビュッシー)/ハバネラ(G. ビゼー)/チャルダッシュ(V. モンティ)/花のワルツ(P. チャイコフスキー)/私が町を歩けば(ムゼッタのワルツ)(G. プッチーニ)/映画「SAYURI」より Sayuri′s Theme(and End Credits)~The chairman′s Waltz~ Going To School(ジョン・ウィリアムズ)/Asian Dream Song(久石 譲)/小雀に捧げる歌(Song For The Little Sparrow)(A.コジェニオウスキ)
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