山元康生の吹奏楽トレーニング!│第7回
新型コロナの影響で延期になった2020年の吹奏楽コンクール。課題曲はそのままスライドして、今年2021年に開催が始まりました。
今からフルート演奏の基礎を見直して、「良い音」「正しい音程」「音量のコントロール」「正確で俊敏な指使い」を手に入れられるトレーニングをしてみませんか?
この連載は当初、全6回の予定でスタートしましたが、今回を含めてあと3回分延長することとなりました。3回分の内容は、「タンギング」「指のトレーニング」「難しいパッセージの攻略法」です。年をまたいでの終了となりますが、コンクール以降もずっと役に立つテクニックのレッスンになりますから、引き続きお付き合いください。
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今回はタンギングの練習について説明します。
私が上野にある某G大(Gはドイツ語読みでお願いします)の学生の頃、フランスのフルーティストたち……ジャン=ピエール・ランパル、マクサンス・ラリュー、ミシェル・デボスト、アラン・マリオンなどのタンギングがすばらしいと学生たちの間で話題になっていました。
モーツァルトでもイベールでも、すべてが明瞭で軽やかで、音楽作り以前で圧倒されていました。
どうしてあのような軽やかなタンギングが可能なのか、私を含めた学生たちには理解できませんでした。最後には「これは、フランス語を話すからではないか?」という結論になったりしました。
しかし後年、私はフランスに留学して、その理由を理解したのです。
秘訣はフランス語ではなかった!?
フランスのフルーティストたちがタンギングが上手なのは「フランスにはタンギングの練習方法がある」からです。
フランスには最高レベルのパリ高等音楽院、リヨン高等音楽院の他に、パリ・エコール・ノルマル音楽院や国立地方音楽院、数々の市立音楽院など多数の音楽院があります。
そこで教えている先生方は、それぞれ様々な日課練習のテキストを使って基礎奏法を教えています。
様々なテキストとは、タファネル=ゴーベール、モイーズ、ライヒェルトなどです。
テキストは違っても基本的に共通した練習方法があり、そこで学ぶ生徒たちは10代の頃から徹底的に練習させられます。
フランス人フルーティストがタンギングが上手なのはフランス語を話すからではなかったのです!
タンギングとフランス語の関係については、前述のジャン=ピエール・ランパル氏が、自伝「音楽、わが愛」の中で述べています。
「ドイツ人は歯の裏に舌をしっかり押しつけてタンギングした。そうすると、こもった音が出る。フランス人は舌で歯の裏をさっとはらうだけで、音はずっと明るくなる」「フルートを上手に吹くにはフランス語を話す必要があると思っていたが、今では、それは教え方の問題にすぎない」と。
こもった音で演奏していたのは、ランパル世代の古いドイツ人フルーティストで、ランパル氏自身「今は音楽の国際化で誰でもほとんど同じ方法で教えてもらえる。日本人のフルート奏者が教えてもらったのがフランス人なのか、アメリカ人なのか、ドイツ人なのか即座に区別できる時代はもう過ぎてしまった。」とも述べています。
聞くところによると、今でもG大の学生はタンギングを練習しないのだそうです。
フランス人やアメリカ人やドイツ人の先生が、ほとんど同じ方法で教えているそうですが、日本人の先生はそうではないようです。
たぶん先生ご自身が練習の方法を知らず、練習をなさってないのでしょう。
真面目なタンギングは…
いつも私の記事は、吹奏楽のフルート奏者の常識を裏切っているようです。
第3回の「音作り」では「横隔膜」と「腹式呼吸」は直接関係がなく、唇ではできるだけ操作しないように書きました。
第5回の「音量のコントロール」では、息の量よりも構えとお腹の圧力で音量が楽にコントロールできると説明しています。
さらに前回、第6回の「音程」では、チューナーや息を吹き込む角度ではなく、音質を向上させることが大切であると書きました。
今回の「タンギング」ではどうでしょうか?
結論を言ってしまえば「タンギング、アーティキュレーションを明瞭に上手に吹くにはタンギングを真面目にしない」ということです。
「タンギング」は日本語で「舌突き」と訳されます。
しかし実際は「舌突き」ではなく「舌離し」なのです。
大多数のフルート奏者は、レガートで演奏するときよりもスタッカートで演奏するときのほうが音が悪くなる傾向があります。
その原因のひとつは、タンギングする前に舌が歯または歯茎に触れて息をせき止めているときに圧力が上がって、唇に緊張がかかってしまうのだと思います。
その証拠に、タンギングなしで「Fu」と発音したときの方が良い音がするのではないでしょうか?
明瞭なタンギングのために
【譜例1】を練習してみましょう。
これまでの記事を再確認して、構えとお腹の圧力を上げておいてください。
まず、右手で足部管の先端を握ってタンギングなしで吹きます。
私の恩師、小泉剛先生が「良い吹き方をしていれば音程は自然に合ってしまうんです」と教えていたのと同じで、良い構え、良い発音をしていれば、タンギングしなくても音は立ち上がるのです。
1 8分音符で必ずブレスを取って吹きます。吹く前、吹いた後に唇の形を変えないように。常に息の幅を保ってください。
2 「Tu」と、ごく普通のタンギングをして同様に吹きます。唇を変化させず、同じ構え、圧力であれば、同じ音質、音量で吹くことができるはずです。
3 同様に「Ku」で吹きます。ダブルタンギングの場合「Tu」より「Ku」のほうが不明瞭になりやすいのですが、この練習は「Ku」を強化するためだと思わないでください。優しくタンギングしても良い音であれば音は立ち上がることを確認してください。
4 ハッキリした音の立ち上がりに有効な「Pe」というタンギングです。上下の唇の間に舌を入れて引き抜きます。引き抜いた後に息の流れを細くしてはいけません。この方法で上手くできて、他の方法で上手くできない人は構えや息の圧力など基本的な奏法に問題があると思ってください。「Pe」に依存しないようにしましょう。
それぞれのタンギングを1オクターヴ上でも練習しましょう。
音質が良ければ、タンギングは「Fu」(タンギングとは言えませんが)でも「Tu」でも「Ku」でも「Pe」でも音は立ち上がるのです。
音を立ち上がらせるためにキィを叩く人がいますが、絶対に避けてください。
確かに少し音の立ち上がりは良くなりますが、キィを叩くのは現代音楽において作曲家が指示した場合のみ行なうものです。作曲家が楽譜に書いた音以外は出してはいけません。
また、キィを叩くことは楽器のパッドとメカニズムに良くありません。
ミシェル・デボスト氏は「ランパルはキィを叩かないよ」と教えていましたし、ジェームズ・ゴールウェイ氏は「良い発音をしていれば、キィを叩かなくても音は立ち上がるんだ」と教えていたそうで、生徒がキィを叩くと露骨に嫌な顔をしていたそうです。
コンサートでキィを叩くのは「私は音が悪いので低音域で上手くタンギングができません」と聴衆に宣言しているようなもので、フルーティストにとって「恥」と言っても過言ではありません。
というわけで、キィは絶対に叩いてはいけません。
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山元康生│Yasuo Yamamoto
1980 年、東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。同年6月渡米し、ニューヨークでのジュリアス・ベーカー氏のマスタークラスに参加し、ヘインズ賞を受賞。その後2ヵ月間にわたってベーカー氏に師事。1982年、宮城フィルハーモニー管弦楽団(現・仙台フィル)に入団。1991年より、パリ・エコールノルマル音楽院に1年間学ぶ。1997年から度々韓国に招かれマスタークラスやコンサートを行なう。また、2006年にはギリシャとブルガリアにてマスタークラスとコンサートを行なう。2002年、Shabt Inspiration国際コンクール(カザフスタン)、2004年、Yejin音楽コンクール(韓国)、仙台フルートコンクールに審査員として招待される。